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出生前診断

最近、なんだか出生前診断を取り上げたテレビ番組がよくある。
単純に賛成反対で議論できる問題ではない。医療の進歩により、人類に突き付けられた大問題。でも、私は、てらを産んでなければ、所詮他人事で片付けて、今ほどの関心は持たなかっただろう。
ダウン症の子を産んだ母として、今思うこと。 先ず、私は中絶は、合法でできる殺人だと考える。では、妊娠中に、赤ちゃんに障害があると分かり、中絶する親を酷い人間たちだと思うかと言ったら、そうではない。仕方が無いと思う。みんな、健康な赤ちゃんが欲しい。普通に産まれてきて欲しい。その気持ちは否定できない。私も含めて、人間、そんなに強くない。「お腹の赤ちゃんには、障害があります。さあ、どうしますか?今なら赤ちゃんを消せますよ。」ってチョイスとタイムリミットを与えられ、それに皆がノーと答えることなんて期待できない。実際、胎児に障害があると知った両親の八割が中絶を決断するらしい。そりゃあそうだと思う。
もし、私が妊娠中、そのチョイスを突き付けられていたらと考えた時、てらが今存在しない可能性を100パーセント否定しない。殺人をしていたかもしれない。でも、私は何も知らずに産んだ。そして一通り苦しみ悩んだ。きっとこれからも、苦しみ悩む事があると思う。でも、今の私にとって、そして恐らく家族にとって、てらがいない人生なんて考えられない。想像しただけで、泣きたくなるほどの絶望感に襲われる。それは、障害云々関係なく、家族に抱く自然な感情。何も特別ではない。
今は簡単な血液検査で、胎児にダウン症があるか分かる時代になりつつあるらしい。近い将来、ダウン症の赤ちゃんは激減するだろう。仕方がない。それが人類が進んでいる道ならば。
私の、かすかな望み。それは、「この子が、がんばって産まれてくるのなら、全力で産み育てます。」と決断する親が、いつの時代もいてくれること。そして、そんな人たちが居る社会、先天性、後天性の障害や病気を持つ人たち、たまたまそうでない人たちが助け合って生きる社会で、私は生きていきたい。てらと、家族と一緒に。

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