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2012年12月

ダーリンの失業日記

勝手に私が、ダーリンの失業日記なんて書いたら、怒られそうだけど…まあ、妻の視点からって事で許してもらおう。

失業してから早2ヶ月が経とうとしている。再就職は・・・兆しさえない。先月は、医療関係の専門学校に行くべく、トライしたが、年齢的に難しいと判断され玉砕。ダーリンは、勉強をやる気満々だったから、夫婦ともに肩透かしに会い、意気消沈。
まあ、でも、すぐに立ち直り、現在他の道を模索中。
ダーリンは、前の会社で勤続20年超えだったので、雇用保険の給付金がしっかりもらえる。だから、とりあえず、慌てず騒がず。

ダーリンが家に毎日いると、私はどうなるんだろう?って思ってたけど…基本的に自然に過ごせてる。よく聞く、「邪魔でしょうがない!」って思ったり、失業前にダーリンが言ってた「奥さんから再就職のプレッシャーを受け、慌てて、就職し、失敗する例がある。」って感じの『奥さん』にもなってない。まだね。
話しもたくさんする時間があるし、ダーリンが子育てに関わる時間が増えたし。失業も悪くない、なんて思ってしまう。

でも、ーつ! 私の中でムクムクと大きくなる気持ちがある。それは、「お父ちゃん、今は、仕事なくて家に居るんだから、もっと家事をやって!」って気持ち。
それは、理不尽な要求であるようにも思える。理由その一。ダーリンは、約三年分の給料と共に退職しているから、大きい顔しててもいいのかも…。プラス給付金ももらってる。 理由その二。私は仕事をしているが、収入は、高校生の小遣い程度だし、時間も短い。
1ヶ月間は、とりあえず、何も言わなかった。今までお疲れ様monthとして。
と言っても、保育園の送り迎えや、洗濯、ゴミだし、布団の上げ下ろし、精米や力仕事は、やってくれていた。以前から、家事の協力はしてくれている。
しかーし、今の状況での私の希望は、家事を折半すること。
んで、今月に入ってから、少しづつ、要望を伝えるようにした。「お米炊いといてね。」「今日、ご飯作れる?」「二階のトイレ掃除は、ダーリン担当ね。」
そう、ダーリンが今までほとんどした事がないのが、炊事と掃除。掃除は、ほぼ0。足元にあるゴミさえ拾わない。 お料理は、ルーものと、ホットケーキを気が向いた時に作る程度だった。今までは、それで納得してたけど…もう、あきまへんな。
だいたい私は、子どもの頃から、「なぜ、お兄ちゃんはしなくていいことを、私はしなきゃいけないの!?」と、私だけに家事を手伝わせる母に反発していた。生まれながらの女性解放運動家(?) 結婚した相手が悪かったねダーリン。
農家の長男で、男子厨房に入らず的に育てられてきたダーリン、不満げながらも、鬼嫁に押しきられ…随分やってくれるようになった。こないだも、「ごめん、時間がないからグリーンコープのつみれ鍋を作っといて!」って、材料をそろえて、レシピも与えたら、とっても美味しく作ってた。レシピさえあれば、大丈夫なんだー。 町の広報に『男の料理教室』が載ったら即申し込みを図る妻。

てな感じで、今我が家には月給が入ってないんだ!って考えると不安になるけど、実際の生活は日々、平和で穏やか。 そんな事言ってられない日が来るまで、とりあえず、ダーリンとの失業生活を楽しもっと(^o^)

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てら結婚!?

ちょっと前の事。ダーリンが保育園に迎えに行くと、てらの担任の先生が言ったらしい。「今日、あーちゃんが、『てら君と結婚する!』って言ってたんですよー!」。あーちゃんは、てらの大の仲良しクラスメート。というか、てらを、自分の小さな弟のように可愛がってくれる女の子。

それを聞いた私は、先ず笑った。あーちゃん、かわいい。 それから、なんだか感激の涙みたいなのが、込み上げてきて…そして、複雑な気持ちになった。「あーちゃんが居てくれて、本当に良かった。でも、来年は年中さん、あーちゃんも、『普通のお友だち』が良くなるよなー。」なんて思って。まるで、こうちゃんのイジケと同じ。 そのイジケを、連絡帳に書いたら、担任の先生たちが、「クラスの子たち、みんなが、てら君が大好きです。これからも、一緒に仲良く遊ぶと思いますよー。」って慰めて(?)くれた。 保育園の様子を垣間見ていると、先生の言う通り。クラスメートに限らず、みーんなが、てらに声をかけてくれ、優しくしてくれている。そして、てらは、無邪気な笑顔で、それに応える。本当に、てらは、幸せ。幸せ過ぎて、この幸せがいつか消える事を憂える母なのである。

てらと結婚かー。あーちゃん、ありがとう。できることならお願いしたい!
あーちゃんは、てらが手術で登園してなかった時、ずっと「てら君はまだー?」って聞いていたらしい。なんでそんなに、てらを好きになってくれたのかな。大人的に考えると、生まれながらにして福祉の心を持ち合わせてるのかな。なんて考えてしまうけど…あーちゃんにとっては、ただただ、てらは、大好きな友達。だから、一緒に遊ぶ。それだけなんだろうな。なんで、そんなにてらを好きになったのか。それは、てらの魅力故だよね。テラくんマジックだね。

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てら扁桃腺手術ファイナル…ではなかった…

てらさんの退院で、やれやれと思ってた私。 今思えば、あれは、本当の戦いの幕開けだった。てらにとっては、痛みとの戦い。私にとっては、てらが食べられるもの探しの戦い。
退院後、約一週間経っても、てらの痛みは引かない様だった。私は自分の無知さ、浅はかさをひたすら反省した。
退院直後は、痛がって泣いたり食べなかったりも、まあ仕方がないと思ってたけど、「きっと明日はは食べられる」と、右肩上がりの回復を信じていた。ところが、ところが、痛みは引く様子もなく、手術から一週間たっても、液体さえ喉を通すのがやっとだったりする。母、やっとそこで、ネット検索する。『扁桃腺手術後の痛み』。 すると、読むに耐えられないような痛み談ズラズラズラー。半年経っても痛いだ、暫くしゃべれないだ、味覚障害だ、大出血だ…。 てら、ごめん!って思った。てらに、大変な思いをさせてるんだーって。 手術のそのものについては、危険性も含め、情報を得て、判断したつもりだったけど、術後の事は、「しばらく痛いのだろう。」くらいにしか考えてなかった。もし、自分が受ける手術なら、受ける前にあれこれ調べたはず。そして、二の足、三の足を踏んでいたはず。だって術後に、地獄の苦しみが待ってるんだから。 私は、てらを、その苦しみに、ポンと突き落とした。熟考せずに。所詮他人事だった。
退院直後は元気だったてらが、だんだん弱って行った。食べ物はおろか、飲み物も口にしないから、焦る。脱水を起こしたら一大事。とにかく食べられそうなものを、作りまくり、買いあさり、テーブルの上にズラズラと並べ、さあ、どれなら食べる!? 戦いが始まった。お腹は空きまくってるてら、疑心暗鬼になりながらも、一口食べる。そして激痛に襲われ、号泣、激怒、そして落胆。 それを毎日繰り返す。食べるのが大好きだったてらが、ことごとく好物に裏切られ、お母ちゃんに裏切られる結果となった。ずっとこのまま食べなくなるんじゃないかという不安にさいなまれた。時には、なだめすかし、時にはブチキレながら、ゼリー、プリン、牛乳、次々にチャレンジ。九割は「イヤ!」と、そっぽを向く。お母ちゃんの手作りのものは、全く食べず、添加物一杯の市販品だけ、辛うじて口にしたのには凹んだ。まあ、よかろう、添加物たっぷりだろうが何だろうが、命は繋いでる。
永遠に終らない戦いの様に感じたが、術後10日過ぎた先週末くらいから、マシュマロを食べたのをきっかけに、ホットケーキ、うどんを食べるようになった。そして今日は、大好きなハンバーグを少し食べた。やっとトンネルの出口にたどり着いた気がする。今日の晩御飯は、てらの大好物のクリームシチュー。食べますように!!
なんとも尾を引く手術騒動になったけど、そう言えば、睡眠時無呼吸を起こさなくなってるように思う。手術の目的、『安らかな呼吸確保』は、実現できたのだろう。痛みに耐えた分、てらが、より健やかな人生を送る事を願ってやまない。もう、手術はいらないね、てら。
今、てらを褒め称えよう!小泉元首相の台詞で!
『痛みに耐えて、良くがんばった!』
てか、今度こそファイナルだよね…。

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